イベントレポート
食べられるのに捨てられる、
「食品ロス」の課題に広告会社として挑む

日本では1年間に世帯あたり6万円程度、事業系・家庭系合わせて522万トンの食品が消費されずに捨てられています(2020年度、農林水産省発表)。食品ロスは待ったなしの課題であり、日本経済社(以下当社)は広告会社として2021年8月から、「みどりの食料システム戦略」(農林水産省、2021年5月発表)に対応した研究会での情報交換や事業開発を通じて食品ロス問題の解決にも取り組んでいます。2023年6月6日に東京ミッドタウン(東京都港区)で開催された「Advertising Week Asia 2023」において、「広告・マーケティングが変える食のイノベーション ~食品ロス削減から食料自給力向上まで~」と題したセッションを行い、3人の識者・実践者に登壇いただきました。同セッションの概要をご報告します。
目次
食品ロスは、世界が最優先に対応すべき喫緊の課題
冒頭に食品ロス問題ジャーナリストの井出留美氏が登壇し、食品ロスの現状と課題を参加者全員と共有しました。食品ロスとは、食べられるのに廃棄される食品全般を指します。井出氏は冒頭で「1年間に1家族がどれくらいの金額の食品を廃棄しているかご存じですか」と問いかけました。

「答えは6万円です。京都市が1980年から調査を続けていますが、食品ロスが少ないとされる京都市でさえ、ひと家族あたり年間6万円分の食品が廃棄されています。国連世界食糧計画(WFP)が食に困っている世界の人たちに寄付している食品が年間440万トンほどですが、日本はその1.2倍にあたる522万トンを廃棄しています」(井出氏)
522万トンの内訳を見ると、家庭から出る食品ロスが247万トン、事業者からの食品ロスが275万トンです。「スーパーの棚から商品を取るとき、手前から取る人と奥から取る人がいます。少しでも新しい日付の商品を取りたい気持ちはわかりますが、そうした行為が食品の廃棄につながります」(井出氏)。
《参考》
●本セッションの3日後に発表された2021年度の食品ロス量は523万トン(2023年6月9日 農林水産省、消費者庁発表)
https://www.maff.go.jp/j/press/shokuhin/recycle/230609.html
https://www.caa.go.jp/notice/entry/033549/
●1週間後に発表された最新の国連WFPの食料支援量は480万トン(2022年度 国連WFP総会資料から)
https://executiveboard.wfp.org/document_download/WFP-0000148942
また環境省によれば、日本では一般のごみ処理に2兆円以上の予算を使っていますが、その約半分は食品ロスだと言われています。世界に目を向ければ、食品ロスの経済的損失は2.6兆ドル(約350兆円)に上ります。このロスを少しでも減らすことができれば、学校や病院、道路の建設、奨学金や雇用対策などにもっと資金を使えるわけです。
食品ロスの処理方法は、主に燃焼です。温室効果ガスの大きな発生源としても大きな問題となっています。「日本は大量の食品を輸入していますが、そのかなりの部分が消費されずに捨てられています。食料が不足している地域が世界に数多くある中で、食品ロスは最優先に対応すべき喫緊の課題です」と述べ、井出氏は話を終えました。
生産者と消費者の断絶が、食品ロスを生んでいる
続いて、雨風太陽の高橋博之氏が、自身と会社の活動について紹介しました。高橋氏が岩手県で県議会議員を2期務めていた頃に東日本大震災が発生しました。この大震災をきっかけに、2015年にポケットマルシェ(現:雨風太陽)を設立し、2016年には食品の生産者と消費者をつなぐ産地直送ECサービス「ポケットマルシェ」を立ち上げました。
「ポケットに収まるスマートフォン。そこで開くマルシェという意味で、『ポケットマルシェ』です」(高橋氏)。地方の生産者が自身で生産した野菜やとった鮮魚を写真や動画に撮り、値段をつけて販売します。都会にいる消費者は、通勤中の電車の中からでも容易に購入できます。重要な点は、食品の特徴や値づけの理由を生産者自身が説明し、消費者とじかにやり取りすることです。

高橋氏は、秋田県八峰町に住むある漁師のエピソードを紹介しました。「魚がとれたときに発送する」という仕組みの鮮魚セットを出品し、東京のある家族が購入しました。しかし、何日待っても送られてきません。その家族はしびれを切らし、漁師に問い合わせたのです。
「冬の日本海は荒れます。その漁師は26日間も海に出られていませんでした」(高橋氏)。漁師は海の様子を動画で撮影し、「こんな状況なので漁に出られません」と釈明しました。
「東京の家族は、その動画で初めて冬の日本海を知りました。これでは漁は無理だと納得したのです」(高橋氏)。それからというもの、その家族は祈るような気持ちで秋田県の海の波の高さを毎日調べたそうです。2週間後にその漁師は船を出し、獲れたての新鮮な魚が東京の家族の元に届きました。
「生産者と消費者がこんなやり取りをして、ようやく届いた鮮魚です。万が一余ったからといって、捨てられるでしょうか」(高橋氏)。その家族と漁師は、この出来事をきっかけに親しく連絡し合うようになったそうです。
ポケットマルシェを始めてから、高橋氏はユーザーから「食べ物を捨てなくなった」という声をよく聞くようになったといいます。生産者の人となりや苦労を知れば、食べ物は捨てられなくなります。こうした事例を数多く見てきた高橋氏は、「生産者と消費者の断絶が、食品ロスを生んでいます」と指摘します。
高橋氏はほかにも「親子地方留学」という取り組みを進めています。都会に住む親子が、ポケットマルシェに登録している生産者の元に1週間ほど滞在し、農作業を手伝ったり、船に同乗して漁を手伝ったりします。そうした体験を通じて、自分たちが口にしている食べ物が生き物の命であり、自然の恵みであることを知ってもらう試みです。
「私の仕事は、断絶されてきた生産者と消費者、地方と都市をもう一度つなぎ合わせることです」と、高橋氏は語りました。

消費者がマインドを変えて行動すれば、食品ロスは解決する
マイファームの西辻一真氏が、自身と会社の活動について紹介しました。マイファームは「自産自消」をテーマとしています。消費者が自身の手で生産し、消費する「体験型」の農園運営や、食に関する教育事業などを行っています。
「食を取り巻く問題は、消費者が引き起こしていると考えます。消費者がマインドを変えて行動すれば、食品ロスの課題は解決できます」(西辻氏)
小さな家庭菜園やプランター栽培でもよいから、消費者が土に触るところから徐々に始め、自産自消ができる社会を目指すのがマイファームの目的です。消費者に農業を勧めているわけではなく、生活者として生きていく中で「土に触れる時間」をつくることを目指しています。この事業を始めてから16年がたち、同社のサービスを通じて野菜作りに取り組んだ家族は約3万世帯に上ります。

西辻氏は札幌静修学園(札幌市)の理事長も務めています。通信制の「アグリコース」を設け、農業に触れたり料理をしたり、パティシエに挑戦するようなプログラムを運営しています。こうした体験を通じて、食に関する学校教育を進めています。
マイファームでも「アグリイノベーション大学校」を運営しています。都会の人が仕事を続けながら、週末に農業を学べる学校です。設立以来、13年間で2400人の卒業生を輩出しました。このうち1000人以上の人が、全国で農業を始めています。
「都会の人が農業に転じると、最強の農家になります。消費者の立場から農業や作物を考え、新しい農業の形を提案できるからです」(西辻氏)
これまでの農家は「単一農業」が主流でした。米農家なら米を作り、ほうれん草農家ならほうれん草を作ります。しかし、「私たちが目指すのは複合型農業です。野菜も生産するし、勉強の機会や体験の場もつくります。そうした形で複合的に実現する農業は、日本の新たな強みになっていくと考えます」(西辻氏)。
広告会社らしく、食品ロスの解決に取り組む
「解決方法探し:広告ができること」をテーマに、当社の足立研がモデレーターとなり、井出氏、高橋氏、西辻氏を交えたディスカッションが行われました。食品ロスの問題について、「誰に何を気づいてほしいか」と「その人にどう動いてほしいか」という2つの問いを起点に話を進めました。足立は、まず井出氏に意見を求めました。
井出氏は“土や家畜に触ってもらうこと”から始めることの重要性について説明し、「工業製品と同じように、食品を単なる商品だと思っている人が多いです。無尽蔵に出てくるから、捨ててもよいと思ってしまうわけです。しかしながら、食品は生き物の命であり、2つとして同じもののない自然の恵みであることに気づいてほしいです」と述べました。

高橋氏は「政治家に、農村漁村で暮らしてほしいです。昭和の中ごろには日本国民の10人に1人が農家でしたが、今は100人に1人となっています。国民の大多数にとって、農業は間接的な知識としてしか認識できない“他人ごと”になってしまったのです。もっと“自分ごと”にするような機会をつくるべきだと考えます」と強く語りました。
西辻氏は「食品ロスをしても、悲しいと泣く人はいません。他人ごとだからです。経済的合理性を追求した結果、生産者と消費者が分断されてしまいました」と述べ、学校教育がカギになると語りました。
足立は「消費者が食の問題を自分ごとにするためには、企業が積極的に動くようなアプローチもあると思います」と話し、登壇者の意見を求めました。
西辻氏は、食育を促す良い商品なのに、パッケージが地味なために売れないある菓子メーカーのエピソードを紹介しました。「そのメーカーの方は“数が売れないから、パッケージにお金がかけられない”と話していたのですが、話が逆だと思います。良い商品だからこそ、パッケージにお金をかけてアピールすべきです。それがきっかけとなって生産者と消費者がつながり、生産者の所得が増える。皆がその価値を理解するからこそ、商品は売れていくのです」(西辻氏)。
高橋氏は「日本で働き方改革が進まない一つの理由は、仕事が減って時間に余裕ができても、何をしたらよいかわからないからです。欧州のように、アグリツーリズム、農村での休暇を楽しむべきです」と語り、収穫体験をしたり、おいしいワインを飲んで農家と交流したり、リフレッシュできる機会をもっと増やすべきだと述べました。
最後に、足立が「食品ロスの問題は待ったなしです。日経グループの広告会社らしく社会課題の解決に、広告業界、広告人が呉越同舟で取り組むきっかけをつくっていきます。そして、視聴者の皆さんも一緒に取り組みましょう」とメッセージを語りかけ、セッションを締めくくりました。

現在、当日のセッションの様子をアーカイブ動画で配信中です。アーカイブ動画は全体で約50分の動画となっており、お好きなタイミングで視聴可能です。ぜひ貴社のサステナビリティ/SDGs経営推進にお役立てください。

出演者
井出 留美 氏
株式会社office 3.11
代表取締役
食品ロス問題ジャーナリスト

出演者
高橋 博之 氏
株式会社雨風太陽
代表取締役

出演者
西辻 一真 氏
株式会社マイファーム
代表取締役

モデレーター
足立 研
株式会社日本経済社
執行役員
新規事業開発室長
※当社では「みどりの食料システム戦略」ビジネスコンソーシアムを運営しています。詳しくはこちら
内容および出演者の所属・肩書は2023年7月現在のものです。